韓国大統領選の結果分析
韓国大統領選、何があったのか?
かもめ(日韓ネット)
12月19日午前6時から午後6時まで実施された韓国の第18代大統領選挙は、保守与党「セヌリ党」候補のパク・クネ(朴槿恵、以下朴)が野党「民主統合党」のムン・ジェイン(文在寅、以下文)候補に勝利し、次期大統領となることが決まった。下記はその結果。
朴槿恵 |
1,577万票 (51.55%) |
文在寅 |
1,469万票 (48.02%) |
その差:108万票(3.53%)(注:韓国選管より筆者が作成)
選挙戦は当初から朴槿恵の優勢で進められていた。前号(第60号)の日韓ネットニュースで次のような世論調査の表を示していたのをご記憶だろうか。
|
6/25 |
7/27 |
9/24 |
10/8 |
10/15 |
朴槿恵 |
41.1 |
31.3 |
37.5 |
37.0 |
35.2 |
文在寅 |
15.1 |
9.3 |
22.6 |
22.1 |
21.8 |
流行語は「メンブン」
上の表を見ると文が「善戦」したとも見ることが出来ようが、韓国の革新・進歩勢力は政権交代を成し遂げられなかったとして、「とてつもない敗北(統一ニュース)」、「その衝撃は2007年(訳注:前回の選挙、現政権誕生)より大きく、後遺症も長びきそう(オーマイニュース)」としている。流行語の「メンブン」は直訳すると「メンタル・ブンゲ(崩壊)」で、「選挙敗北で打ちのめされ、立ち直れないほどのショックによりメンタル/精神状態が崩壊寸前」の様子らしい。
確かに12月19日の大統領選挙が行われた同日には、いくつかの選挙が同時に行われたのだが、ことごとく保守が勝った。慶尚南道の知事選では与党「セヌリ党」の洪準杓候補が62.91%で、革新系無所属候補の37.08%に対し25.83%の差で勝利。これは今年7月まで革新系知事だった金斗官前知事が「民主統合党」の大統領候補選に出るため辞任空席になったところから行われたものだ。対立候補の権永吉氏は元民主労総委員長で民主労働党時代の国会議員でもあり、票田の工場地帯の馬山・昌原地域も抱えるところから、負けたショックは大きい。またソウル市の教育監選挙でも保守系の文竜鱗候補54.17%に対し、全教組委員長で民主労総委員長出身の李秀浩が37.01%の得票で敗北した。保守の強い慶北・慶山市で保守系が勝つのはまだしも、仁川市の中区長選でもセヌリ党が勝利。光州市東区は「民主統合党」が勝っているが、基礎自治体の議員選挙では「セヌリ党」9人に対し、「民主統合党」6人、「統合進歩党」2人の当選となっている。
大統領選挙の後半ではアン・チョルスとの候補一本化や「統合進歩党」代表イ・ジョンヒの候補辞退など、選挙直前には「世論調査で文が逆転」、「投票率が71%を越えれば若者層の支持が増えるので勝てる」という情報も飛び交っていただけに、インターネット上では「もう政治はやめて英語を勉強しよう」という書込みが増えているという。韓国に見切りをつけて海外に移民に行こうということだ。
数字でみる結果
下記の表をみてほしい。太字が当選者だ。
年度 |
選挙 |
投票率 |
保守派 |
得票率 |
改革派 |
得票率 |
2012年 |
第19代大統領選 |
75.8% |
朴槿恵
|
51.55% |
文在寅 |
48.02% |
2007年 |
第17代大統領選 |
63.0% |
李明博
|
48.7% |
鄭東泳 |
26.1% |
2002年 |
第16代大統領選 |
70.8% |
李会昌 |
46.6% |
盧武鉉
|
48.9% |
1997年 |
第15代大統領選 |
80.7% |
李会昌 |
38.7% |
金大中
|
40.3% |
1992年 |
第14代大統領選 |
81.9% |
金泳三
|
42.0% |
金大中 |
33.8% |
参考:2012年4月、総選挙の投票率は54.3% (表は筆者が作成)
では、今回の大統領選では投票率が高かったのに、なぜ勝てなかったのか。
ちなみに選管によると、投票率が一番高かったのは光州市の80.4%で、二位は蔚山市78.4%、三位は慶北78.2%だ。反対に投票率の低かった所は、忠南72.9%、済州道73.3%、江原道73.8%となっている。
問題は朴と文の票がどのように得られたものなのか、ということになろう。
筆者の分析で順位別にみると、文の①光州市(91.97%)、②全南道(89.28%)、③全北道(86.25%)に対し、朴の地域は1)大邱市(80.14%)、2)慶北道(80.82%)、3)慶南道(63.12%)となっている。文の①+②+③÷3=平均値は89.16%で、朴の1)+2)+3)÷3=74.69%より14.5%近く上回っている。
問題は地域ごとの人口だ。文の得票した上位三地域の得票数を合計すると283万なのだが、朴の上位三地域は388万となり、既に105万票の差が出ている。そもそも韓国の東南地方が西南地方に比べて人口が多いため、得票パーセンテージが高くても得票数は高くならない。これを埋めるために文側としては、ソウルや仁川、大田など大都市での得票を伸ばす必要があるのだが、結果は下記のようにそれほど票が伸びなかった。
|
朴 |
文 | ||
地域 |
得票数 |
支持率 |
得票数 |
支持率 |
ソウル |
302万 |
48.18 |
322万 |
51.42 |
仁川 |
85万 |
51.58
|
79万 |
48.04 |
大田 |
45万 |
49.95 |
44万 |
49.70 |
手元にソウルの具体的な得票数もあるが、割愛する。要は江南など富裕層の地域が一丸となって朴陣営を後押ししたことだ。
それでは各世代別の投票行為はどうなっているのか。
これについて選管は集計中で資料がないが、放送3社の出口調査にそのヒントがある。
年齢 |
投票率 |
朴支持率 |
文支持率 |
20代 |
65.2 |
33.7 |
65.8 |
30代 |
72.5 |
33.1 |
66.5 |
40代 |
78.7 |
44.1 |
55.6 |
50代 |
89.9 |
62.5 |
37.4 |
60代以上 |
78.7 |
72.3 |
27.5 |
上の表で分かるように、50歳代は投票率が89.9%とダントツで、その62.5%が朴支持に回っている。このようなところから、韓国では「年齢50代論」などがかまびすしい。
それらは「韓国が高齢化社会であり、人口が若者より高齢者が増えているので、高齢者の票そのものが多い」というのから、保守の唱える「5060革命論」まで幅広い。要は「人間は高齢になると当然保守化する傾向にあり、若者社会に嫌気がさした“疎外された高齢者”が反旗を翻した」という論調だ。
筆者はこれに異を唱えたい。一番の理由は、上記の減少が今回の選挙に限ったことではないためだ。選管HPによると、前回2007年の年代別投票率も50代が76.6%と最も高く、60代以上が76.3%、40代が66.3%で、20代後半が42.9%と最も低かった。二番目の理由は「50代の中身」が重要で、その注目先は「50~60代の女性」だからだ。
オバサンたちの「青春」
テレビ局SBSの調査からと断ったインターネット記事によると、朴支持者は50代女性で50代男性59.4%に対し65.7%が、60代以上の女性は男性72%に対し72.5%となっている。反対に20代の女性は文在寅への支持69%、30代女性65.1%、40代女性は52%となっていて、女性の50代から朴支持へ急上昇していることが分かる。
これを裏付けるのが12月13日から19日までの「ギャラップ調査」。ここでは職業別の支持率も調べているのだが、19日の調査でサラリーマンのホワイトカラー層は朴支持が35.4%なのに対し、文在寅支持は64.2%、学生の朴支持30%に対し、文在寅支持は68.4%。その一方で主婦層は、朴支持が61.0%で、文支持は38.9%に留まっている。
13日から14日にかけてのこの調査では主婦層の朴支持は55%だったのが、17日から18日にかけては58%となっており、19日が61%となっているので、朴槿恵への得票を押し上げたのは「50~60代の女性」だったのだ。
朴陣営は投票日2日前の17日に、子どもの頃の水着姿やセーラー服の学生時代の朴槿恵の写真を公開したが、これは同世代を生きた女性たちにとっては「アイドルの再来」だっただろう。貧しい時代を生きた中年女性にとって朴槿恵は「お嬢様」であり、「あこがれ」の対象だった。日本のテレビ画面でも朴陣営で熱狂的な中年女性たちの姿が印象的だった。
これについては『民衆の声』に掲載された聖公会大学教授たちの座談会で、女性学専攻の許教授が興味深い分析をしている。
韓国版「ティーパーティー」?!
許教授は語っている。「保守的傾向の“韓国女性団体協議会”は2000年代前半に会員が2万人程度だったのが、李明博政権時代に700万人になった。朴槿恵陣営は早くから多くの会を開いていた」、「女性の組織固めをしていた。朴候補のファン・ブログも5つくらいあったが、一つに7万5千人ずつ会員を集めていた。民主党にはこれらがなかった」、「自由主義的フェミニズムが女性団体を中心に固まり、朴候補がこれに乗っかった。キャッチフレーズも“準備された女性大統領”というジェンダー性を押し出したのに、民主党は進歩陣営の兄貴分という態度だった」。
朴陣営では女性管理職の積極登用などを公約として掲げ、18日の最後の遊説でも「女性が大統領になれば女性差別もなくなる」、「危機の時代に国民の母を」と訴えた。地道などぶ板、草の根選挙を行っていた保守に対し、安哲秀の人気と若者の雰囲気に乗っかろうとした改革・進歩勢力の安易さが生んだ結果だという批判もうなずける。
赤を着た保守
日本の労働組合の旗は赤い地色に組合名が白抜きしてあったりするが、韓国の労働組合の旗は赤くないのはご存じだろうか。民主労総の組合旗は白地に民主労総のマークが、金属労組は紺色に歯車のマーク、建設労組は緑色に建設機械のマークだ。
2002年日韓共催FIFAワールドカップで韓国の「赤い悪魔・応援団」が赤いTシャツを着始めた時、対抗勢力として「白い天使・応援団」が作られた。保守系の宗教団体からクレームがついて急きょ結成したのだったのだが、若者たちからブーイングを受け、早々に退散したことがある。韓国ではそれほど「赤がタブー」だったのだ。
今回、保守「セヌリ党」のイメージカラーは赤で、黄色の「民主統合党」に打ち勝った。
3つのタブーを乗り越えて
「赤」以外のもう一つのタブーは「女性」だ。韓国のことわざに「めんどり(雌鶏)が鳴くと家が滅びる」というのがある。その家で女性がしゃしゃり出るな、という戒めだ。 儒教を国是とした14世紀の朝鮮王朝時代から7世紀後の2012年、そのタブーも破られた。それについては先に書いた通り。
もう一つは「福祉」。韓国保守の定番は「経済成長」や「安保」で、福祉は改革・進歩陣営のお株だった。政治学者の趙己淑は「(今回の選挙で)文陣営が50代に拒否反応を与えたのは大学の学費半額と医療費の100万ウォン上限制だった」としている。財源なしのバラマキ政策は後に増税を呼び込むものとして、現実的な有権者は見抜いていたというのだ。また、「特殊目的高校を一般高校へ転換させる公約」も中産層の女性からソッポを向かれたとしている。
朴陣営のキャッチフレーズは「韓国型福祉の構築」としつつ、「生涯を通じた各自に合うオーダーメード型の福祉による細やかなソーシャルネットワークの構築」というもので、「女性や高齢者など、各自のニーズに合わせて身の丈の福祉を進める」とした。具体的には保育料の無償化、結婚や出産への税制支援、一時保育の促進、学童保育の活性化、「イクメン(男性育児)」の促進、低所得者層の子ども奨励金などがある。筆者が韓国で以前、日本的感覚で保育園の話をすると、周りの人から「共産圏でもないのに、保育園なんて。子どもは母親が家でみるもの」と一蹴されたので、「保育料の無償化」などの公約は隔世の感。文側の福祉政策は「保育の無償化と子ども手当の支給」程度だった。
これから…
白熱した選挙戦から1週間が経って、韓国でもようやく様々な分析記事が目立つようになってきた。だが、筆者の考える文陣営と進歩勢力の最も大きな敗因は、その目標を「李明博政権の審判」に立てたことだ。民衆は既に李明博から離れており、審判はついていた。それを知っていた朴陣営は、もはや「李明博政権を審判し、それに見切りをつけ、差別化を図っていた」のであったから、そのスローガンは空虚だったと言わざるを得ない。
趙の言い方を借りれば、「セヌリ党」は中間層へ左クリックしており、「金大中、盧武鉉政権の施策を取り込まざるを得なくなっている」。
先の教授陣の座談会でも「朴新政権は48%の反対票を意識しない訳にはいかず、一定部分は大衆の要求を受け入れつつ政局を安定させる“受動(的)革命”の形で現れる」としている。ただ、一方で「朴正煕式の鉄の統治」、「疑似ファシズム」のような局面も否めない、という分析だ。金東春教授は「片手でこん棒を振り回し、振り向いては(微笑みかけて)温情主義と成長主義を叫ぶ」政権だとしている。
今後、韓国でも選挙の敗因や立て直しをめぐって「政界再編」が行われるだろうが、先の教授たちも指摘したように改革勢力の中で「統合進歩党」を中心とする進歩勢力の重要性は増している。チェ・チャンウは『プレシアン』の中で、「文在寅はNLL(北方限界線)問題でなぜ毅然とした態度を取れなかったのか。平和を全面展開して押すべきだったのに、テレビ討論で朴と同じ土俵に立ってしまい、あいまいなポーズをとった」と批判している。このような中で、富裕税導入や金融デリバティブ課税などの公約や朝鮮半島の平和、脱原発を掲げた「統合進歩党」の「急進的路線」は若者に賛同され、再編される「民主統合党」への圧力になるだろう。
韓国の民衆側に落ち込んで「メンブン」のヒマはない。2014年地方選の準備に乗り出し、平和な東アジアのためにやるべきことは多い。それは安倍政権が発足した日本の私たちも同じことだ。
(2012年12月28日記)
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