6・4韓国統一地方選の結果分析(かもめ)
一人が7回の投票を
今回の選挙は韓国で本格的な地方自治が復活して、第6回目の選挙。6月4日は水曜日だったが、韓国では休日扱いで、皆が投票に行くように促している。したがって、役所や銀行、病院、学校や幼稚園も休みとなる。これは2013年に定められた「官公庁の公休日に関する規定」の10-2で、<「公職選挙法」第34条の任期満了による選挙の選挙日>の大統領令からその根拠がある。ただ、民間企業によっては午前中だけ休みにして、午後は出勤というところもあるようだ。
この地方選は4年の地方自治体の首長、議員を選出するのだが、いっぺんに選挙を行うので有権者は7枚の投票用紙を渡される。日本で言えば杉並区在住の人が選挙に行くと、まず東京都知事を選ぶ投票を行い、杉並区長を選び、都議会の議員とその政党別比例代表の選挙を行い、その後、杉並区議会議員と比例議員を選ぶことになる。これで6回投票することになるが、さらに「教育監」選挙があるので、7回の投票となる。
韓国の中央選挙管理委員会のHPを見ると、正確には同時に7枚を投票箱に入れるのではなく、最初に3枚、色別の投票用紙(教育監、広域首長、地域首長)を投票箱に入れ、その後に議員(広域議員、広域比例、基礎自治体の地域プラス比例の4枚の投票用紙に記入して入れる、となっている。
選挙の注目点と結果
上のように地方選と言っても、国全体で取組むようなことから「朴槿恵大統領の国政に対する中間評価の色彩が強い」と言われた。特に今回は旅客船「セウォル号」沈没事故で政府の初期対応への批判が高まったことや、2014年3月に野党の「民主党」とアン・チョルス(安哲秀)陣営が統合し、「新政治民主連合」が旗揚げされたことで、地方選の成り行きに注目が集まった。一方、野党「民主労働党」の時代から変わっていったリベラルな進歩的政党の行方も気になるところだった。
結果は、韓国マスコミの「圧倒的勝者はいない」(聯合ニュース)、「完全勝利も完敗もさせなかった国民」(朝鮮日報)「勝者のいない選挙」(インターネット)など見出しのような感じだった。
野党は勝ったのか、負けたのか?
ソウル大法学部のある教授は、「(野党側は)勝てなかったが負けもしなかった選挙」と述べた。日本のマスコミでは「与野党引き分け」(共同)、「韓国野党ソウルで勝利、都市部で与党と接戦」(日経)、「朴政権、辛勝」(朝日)、「与野党が拮抗、ソウル野党勝利」(赤旗)としている一方、「逆風の与党勝利」(NHK)、「引き分け」(読売)となっていた。産経は「与党、大敗免れる、朴政権、逆風しのぎ、ほぼ“引き分け”」となっていて、言い得て妙というところだろう。
ハッキリ目に見えるのは教育監選挙だ。教育監の選挙では政党推薦は受けられないものの、野党寄りの「進歩的教育監」が17か所のうち13人が当選し、「圧勝」した。
選挙の翌日、韓国の保守マスコミの大御所『朝鮮日報』の見出しは「与党でも野党でもなく、勝者は教職員労働組合」となっている。『中央日報』は「地方権力は大混戦、教育権力は大移動」として、不満とショックを露わにし、早速「教育監の直接選挙を廃止すべき」との社説や論調を掲げているほどだ。
首長選挙はソウルで勝利、野党9:与党8
一番の注目は市民派出身の野党候補パク・ウォンスン(朴元淳)市長の再選だったが、平均56%の得票率で当選、再選を果たした。パク市長はソウル市の比較的富裕層の住む2つの区(江南区、瑞草区)と龍山区以外の22の区では全て50%以上の得票だった。4年前の地方選では与党系が50%以上を占めたのは8か所、野党系が17か所となっていたので、今回の選挙でソウル市民がパク・ウォンスン(朴元淳)市政を支持していることが分かる。
また、逆転するのではないかと言われた釜山市長選では与党セヌリ党が勝利し、保守の牙城を守った。だが、中央選管のHPを見てみると、4年前の釜山市長選では保守の得票率が55.4%だったのに対し、今回は50.6%に減っている。4年前の選挙で野党系が勝った仁川市や慶尚南道では与党が勝利した。首長選挙の結果をみると、全体17のうち、与党が8で、野党が9を占めた。下記がその一覧表だ。ちなみに、4年前の選挙では与党+保守系8、野党系8で、今回は世宗市が新たに加わり、野党系の勝利となった。
当選者名と所属党派及び得票数・率 |
|||||
市・道 |
当選者名 |
党派 |
得票数 |
得票率 |
|
首都圏 |
ソウル特別市 |
■新政治民主連合 |
2,752,171 |
56.12 |
|
仁川広域市 |
■セヌリ党 |
615,077 |
49.95 |
||
京畿道 |
■セヌリ党 |
2,524,981 |
50.43 |
||
忠清道 |
大田広域市 |
■新政治民主連合 |
322,762 |
50.07 |
|
世宗特別自治市 |
■新政治民主連合 |
36,203 |
57.78 |
||
忠清北道 |
■新政治民主連合 |
361,115 |
49.75 |
||
忠清南道 |
■新政治民主連合 |
465,994 |
52.21 |
||
全羅道 |
光州広域市 |
■新政治民主連合 |
367,203 |
57.85 |
|
全羅北道 |
■新政治民主連合 |
599,654 |
69.23 |
||
全羅南道 |
■新政治民主連合 |
755,233 |
77.96 |
||
慶尚道 |
釜山広域市 |
■セヌリ党 |
797,926 |
50.65 |
|
大邱広域市 |
■セヌリ党 |
581,175 |
55.95 |
||
蔚山広域市 |
■セヌリ党 |
306,311 |
65.42 |
||
慶尚北道 |
■セヌリ党 |
986,989 |
77.73 |
||
慶尚南道 |
■セヌリ党 |
913,162 |
58.85 |
||
江原道 |
■新政治民主連合 |
381,338 |
49.76 |
||
済州特別自治道 |
■セヌリ党 |
172,793 |
59.97 |
©ウィキペディアより
広域議会選挙は下記の表の通りだ。数字はいずれも議席。セヌリ党416、新政治民主連合349、統合進歩党3、労働党1、無所属20となっている(数字は全て地域区と比例代表を合わせた数字)。
地域 合計 |
セヌリ党 |
新政治 民主連合 |
統合進歩党 |
労働党 |
無所属 |
地域区+比例代表 |
416 |
349 |
3 |
1 |
20 |
前回選挙の議席数* |
(333) |
(360) |
(42) |
36 |
*2010年度の数でセヌリ党とあるところは、当時のハンナラ党、自由先進党、親朴連合などを合計した数字、新政治民主連合は当時の民主党だ。また、2010年当時の民主労働党、国民参与党、進歩新党などを合わせると42になっている。全体の合計は世宗市なども新設されたので、2010年と2014年が必ずしも合致しない。大体の傾向としてみてほしい。
その他、基礎自治体首長及び、議員選挙など、合計したのが下記の表となる(数字は全て地域区と比例代表を合計した数字、括弧内は前回の選挙*)。
|
当選者 合計 |
広域団体長 |
基礎団体長 |
広域議員 選挙 |
基礎議員 選挙 |
■セヌリ党 |
1,954 (1644) |
8 (8) |
117 (96) |
416 (333) |
1,413(1,207) |
■新政治民主連合 |
1,595 (1331) |
9 (8) |
80 (92) |
349 (360) |
1,157 (871) |
■統合進歩党 |
37 (142) |
0 |
0 (3) |
3 (29) |
34 (107) |
■正義党 |
11 |
|
|
|
11 |
労働党 |
7 |
|
|
1 |
6 |
無所属 |
326 (377) |
|
29 (36) |
20 (36) |
277 (305) |
*( )は2010年の地方選での数字。セヌリ党は当時のハンナラ党、自由先進党、親朴連合などを合計した数字、新政治民主連合は当時の民主党。また、統合進歩党の2010年当時の数字には、民主労働党、国民参与党が入っており、進歩新党などを合わせたもの。正確には無所属となっている当選者も傾向として、表では保守、革新などに分類されている。全体の合計は世宗市なども新設されたので、2010年と2014年が必ずしも合致しない。2010年の進歩的政党も当時の大まかな数字で表しているので、必ずしも横の計が一致しない。あくまでも「増減の大まかな傾向」としてみてほしい。
連合する保守、分裂する進歩
数字を良くみると、保守与党は一言でいうと「負けなかった」。また、野党の新政治民主連合も基礎議員では議席を伸ばしていて、「完敗したとはいえない」状況だ。このようなことから韓国マスコミなどでは既に「落ち着いたアメリカ式の2大政党体制」などと、かまびすしい。
問題なのは進歩的政党の状況だ。民主労働党時代に142議席だったのに、党が四分五裂し、3つの政党を合わせても55で、以前の半分にも満たない。ハンギョレ新聞では「宿題を投げかけた」となっているが、聯合ニュースでは「2大政党体制の中で沈む進歩的政党」などと手厳しい。
2010年の民主労働党時代には、広域自治体のウルサン(蔚山)市の北区、インチョン(仁川)市の南東区と東区で区長選挙に勝利、3人の首長を選出した。蔚山は現代自動車の城下町ともいえる地域で、労働組合も強く、新しい政治を望む声が高かった。また、仁川も民主労総や市民運動が1つになって、新たな地域運動を作り、その中で選挙戦を闘ってきた「伝統」がある。だが、今回は工業都市の慶尚南道の昌原市も含め、ことごとく敗退した。
もちろん一番大きな敗因は、統合進歩党の国会議員イ・ソッキ(李石基)にかけられた「内乱陰謀」の嫌疑と逮捕、有罪判決などの弾圧だ。この事件と関連し、全国各地で地方議員の事務所や自宅なども一斉に家宅捜索され、韓国政府は統合進歩党の政党解散まで求めている。一時は、韓国法務省が裁判所に政党活動を禁止する仮処分の申請まで行い、地方選に出ることも危惧されたが、このような中で「善戦」したと見る向きもあるのはそのためだ。
ただ、2010年にハンナラ党、自由先進党、未来連合などと分かれていた保守は、朴槿恵大統領誕生のため「大連合」をはかり蘇ったのに対し、韓国で60年ぶりに新生し、新たな芽をふいた進歩的政党が分裂してしまったのは、本当に残念だ。進歩政治が「沈没」する前に韓国の政治や社会への深い分析が必要な時だろう。 (2014年6月11日記)