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2018年8月18日 (土)

 特別報告 森本孝子

朝鮮学校差別に抗して

森本孝子・「高校無償化」からの朝鮮学校排除な反対する連絡会事務局

(1) 朝鮮学校創設からの不屈の闘い

 日本の植民地支配から解放され、朝鮮に帰ることを期待して、在日コリアンたちは各地に朝鮮語を学ぶ国語教習所を設立した。長い間の日本での生活で、母国語を話せない子どもたちに母国に帰って困らないように言葉を教える目的で建てられたものが、やがて学校として整って行ったのが朝鮮学校だ。私が住んでいる荒川区には東京で最も大きな朝鮮第1幼初中級学校がある。その正門の所にある松の木の杭は、学校創設時の1世たちの思いがこもったものだ。当時は「金のあるものは金を、知恵のあるものは知恵を、力のあるものは力を」とそれぞれが持っているものを出しあいながら、子どもたちに学びの場を手作りで作っていった。大きな道具がない中で、校舎が地震などの災害にあった時でも揺るがないようにと、地中深く、松の木の杭が打ち込まれた。この杭は第1回目の校舎建て替えの時には出てこなかったほど、深く深く、その愛の深さを象徴するように打ち込まれていた。しかし、各地に数々の朝鮮学校が作られていく中で、1948年、朝鮮学校に「閉鎖令」が出されるようになった。この閉鎖令によって、各地域では朝鮮学校を守るための闘いが展開された。西日本では兵庫や大阪を中心にした非暴力の大きな運動が展開されたが、その中で日本では戦後初めて「戒厳令」が発せられ、アメリカ軍と日本政府による弾圧の中で、一人の少年が射殺されると言う4・24事件が起きている。ちょうどこの年には、韓国済州島で4・3事件が起きていた。

東京では、「東京都立朝鮮人学校」が設立され、朝鮮学校は東京都の管轄下に入った。この学校には日本人教師が派遣され、朝鮮人生徒たちを教えた。その中に、給料が良くなるからと言う理由で赴任した、梶井陟がいた。梶井は生徒たちから朝鮮語の生徒名が読めないと嘲笑され、生徒と心を通わせるために朝鮮語を学び、やがては朝鮮語の辞典も編むほど、朝鮮の子どもたちの教育に打ち込んだ。梶井の書いた経験談が本になり、一時絶版になったが、田中宏先生は今こそこの本が必要だと出版元の岩波書店にかけあい、再出版となった。

 朝鮮学校が学校として認められるために、長い間の闘いが展開された。通学用の定期券獲得や、高校体育大会への参加、大学受験資格獲得など、闘いなくしては得られなかった。民衆の力が大きく動いた東京都知事選で選出された美濃部都知事は、反対する人々が多い中、朝鮮大学を認可し、そのあと各地方自治体が、各地の朝鮮学校を認可して補助金を支給するようになった。今の日本からは考えられないような時代だった。

 

(2) 朝鮮学校無償化排除と差別の現状

 2010年民主党政権は、長年留保していた国連社会権規約の後期中等教育の無償化に踏み切り、留保を解除した。「高校無償化法」は全ての学ぶ意欲にある高校生に、経済的負担をかけないように政府が公立学校生は無償に、それ以外の学生には支援金を支給すると言うものだった。画期的だったのは、対象校に外国人学校を含めたことだったが、民主党政権内部から「拉致問題に進展がない中で朝鮮学校を無償化することは国民の理解が得られないのでは。」という異議がでて、朝鮮学校は無償化適用するかどうか、審査することになった。 

文科省は対象校を3分類し、国交がある国の学校は(イ)国交がなくても国際基準に合っている学校は(ロ)として(イ)(ロ)は無条件で支援金支給、朝鮮学校は(ハ)に分類され、審査会が重ねられた。当時野党だった自民党は、のちに文科大臣になる下村博文が、審査に通りそうとなった時に「(ハ)」の条項を削除するという案を提案し、実際に政権交代で自民党が政権を取ると、安倍政権は最初の政策として、朝鮮学校無償化不適用を通知し、(ハ)の項目を削除し、永遠に申請できないようにした。すでに外国人学校43校が無償化法による支援を受けている中で、朝鮮学校だけが排除され続けている。2013年2月20日のこの日を忘れず、私たちは全国の朝鮮学校支援者に呼び掛けて、朝鮮学校差別反対、無償加即時適用を求める全国運動を行ってきた。

しかし、朝鮮学校差別は無償化排除にとどまらなかった。各地方自治体が支給している補助金についても奪う攻撃が行われた。当時の東京都の石原知事、大阪の橋下知事を中心に、埼玉や千葉、神奈川など次々に補助金が廃止されていった。東京都は、石原都知事の「調査の結果、廃校になってもやむなし。」と言う指示のもと、朝鮮学校調査委員会を作り、教育内容、経営について結論ありきの調査を行い、結果を公表しホームページに掲載した。それをみて、ヘイト書き込みが続出した。この調査結果は2年以上掲載されていたが一度ページ刷新の理由で削除され、小池知事が誕生すると、即再掲載された。通常は問題になった学校については、校名を伏せて掲載するのに、朝鮮学校だけは名前を公表してさらし者にしてきた。そして、2016年3月29日、自民党の「拉致議連」からの要請で、文科省は、補助金を継続している地方自治体に対して、「補助金支給に関しての留意点」と言う通知を出し、各自治体が自主的に廃止するよう促した。この通知を受けてこれまで支給していた補助金を停止や減額するところが激増した。朝鮮学校は経済的な締め付けや差別にさらされると言う攻撃の中で、不屈の闘いを続けている。

 南北会談が実現し板門店宣言が発表され、米朝会談も実施されて朝鮮統一、平和への動きが加速されている現在にもかかわらず、安倍政権は相変わらずの圧力政策を転換しようとしていない。在日朝鮮人に対する日本独自の制裁は10年以上も継続され、その中には、朝鮮高校生が祖国訪問から帰国したときに持ち帰る土産品も対象になっている。6月28日には、神戸朝鮮高校生が帰国した際に、土産品を全部没収されると言う惨い事件が起きた。翌日に行われたモンダンヨンピル公演ではこの生徒たちが冒頭の素晴らしい演奏とダンスを披露した。モンダンヨンピルの団員や支持者は帰国後、朝鮮学校支援者とともにすぐさま、日本大使館に抗議してくれた。私たち無償化連絡会でも国会議員を通して、経産省・財務省・内閣府に対して抗議声明を提出し、話し合いの場を持った。この抗議声明には、1週間くらいの間に、7600人を超える団体や個人の賛同が寄せられた。しかし、今年2月に起きた朝鮮総連中央本部への銃撃テロについては、日本政府は何の声明も出さず、国会でも全く問題にならなかった。こうした日本の現状はおかしいと、私たちは大手新聞社への社説掲載要請を行い、また、国会議員へのロビー活動も行った。また7月18日には、神奈川県下の朝鮮幼稚園に対して、ヘイト集団だと思われる人たちによって、ガラス窓が破壊される事件が起きている。「ヘイトスピーチ解消法」が成立して2年の日には、在日コリアンが多く居住する川崎市で、ヘイト集団による講演会が企画され、条例や公共施設利用のガイドラインが作られているにも関わらず、市長がそれを認めてしまうと言う事件が起きた。500人以上のカウンターによって集会は中止を余儀なくされたが、そこで、警官が守っていたのはヘイト集団の側だった。海外からも極右政権と称されている安倍政権によって、今、日本社会はかつてのナチスの時代のような状況が起きていると言っても過言ではない。

 

(3) 朝鮮学校支援の動きと今後の展望

 2014年韓国で「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」が結成されて、今年6月に第10次の訪問団が来日し、力強い支援活動を展開してくれている。(この活動については韓国側からの報告があると思う)

同じ年2014年8月には、国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対して、「朝鮮学校無償化排除は差別であり、即時適用すること、そして、地方の補助金についても支給するように中央政府が指導すること」という勧告を行った。すでに社会権規約などからも勧告は出ていたが、この勧告は重要勧告4つの中に位置づけられ、しかも補助金についても勧告したことは画期的だった。しかし、日本政府は「国連の人権勧告に従う義務なし」と閣議決定し、無視し続けている。その日本政府は2017年から国連人権理事国に就任し、2020年のオリンピックには人権大国になると宣言している。オリンピック開催地の東京が率先して朝鮮学校差別をしていることはオリンピック憲章違反ではないのか、と私たち支援者は東京都に抗議している。

また、海外在住の日本人やコリアンの方々からの支援の声も届くようになった。カナダ在住の長谷川さん、乗松さんは。朝鮮学校差別に抗議する声明を文科省と政府に提出し、多くのカナダの著名人や市民が賛同署名している。乗松さんは学生たちが毎週金曜日に文科省前で行っている金曜行動にも参加され、この声明を披露してくれた。金曜行動とは、朝鮮大学の学生が企画して、毎週学部ごとに文科省前で抗議行動を継続しているものだ。時には高校生や神奈川や千葉などからも学生や支援者が参加し、毎週金曜日に1時間の抗議行動を行っている。学生たちは自分の言葉で、文科省に向けてなぜ、朝鮮学校だけが排除されるのか、植民地支配の結果としての言語や文化剥奪の歴史を知っているのか、と一人一人が訴える。その姿は多くの参加支援者の心に深い感動を与え続けている。学生が参加できない時には支援者が継続し、すでにその数は300回を超えた。

 また、2014年に全国5か所で国を訴える裁判が提訴され、地裁での判決が出てきている。大阪では画期的と言える、原告勝利を勝ち取った。裁判長は自ら資料を読み込み、学校と民族団体の関係についても歴史的に意味があることと判断し、無償化適用をすべきであると、判決した。しかし、その前後に行われた判決では、広島も東京も敗訴した。裁判長は、国側から提供された公安警察庁の総連に関する資料や、政権寄りの新聞の資料など、明らかに偏った資料を裁量し、原告敗訴とした。さらに愛知でも敗訴判決が出された。福岡だけはまだ地裁判決が出ていないが、9月20日に結審する。そして4か所ではそれぞれ高裁での審理が進み、9月には大阪の、10月には東京の高裁判決が出る予定だ。

朝鮮学校への不当な差別を訴え多くの支援者を得るために、私たちはあちこちの集会でアピールしたり、各種団体の広報に記事を書いたりしてきたが、何と言っても今年初めからの南北会談や朝米会談の影響が表れてきたのか、裁判の報告集会に国会議員が複数参加して発言したり、朝鮮中高級学校を地方議員含めて10人以上の議員が参加したりと言う状況が生まれてきている。各地域での街頭宣伝にも議員が参加するような報告もある。朝鮮学校無償化排除、補助金廃止の攻撃は、日本の植民地支配、侵略戦争の歴史を否定し、新たな戦争国家へと進む攻撃の核になる問題だ。文科省との交渉では、「なぜ、日本の学校に行かないのか、そうすれば多額の援助が受けられるではないか」と平然と発言する官僚の不勉強に愕然とする。植民地支配から引き続く日本への同化政策に何の反省もない。私たちは、安倍政権のこうした攻撃に対抗し、朝鮮学校こそ、日本で守るべき学校であることを確信し、今後はもっと支持者を拡大できるよう、韓国での支援に力をいただきながら頑張っていきたいと思う。

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