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2022年3月15日 (火)

●【詳細分析】韓国大統領選と私たち(byかもめ)

        韓国大統領選挙と私たち

                             かもめ

   最近は韓国の開票速報もリアルタイムでYouTube配信されているので、筆者も夜遅くまで見ていたが、なかなか結果が出ず、夜12時にはコンピューターのスイッチを切った。翌朝木曜日の韓国サンケン労組を支援する行動で4時20分に起床しなければならないからだ。結局、大接戦の末、ユン・ソギョル(尹錫悦、61歳)の当確が発表されたのは「遅くとも夜半には」という予想に反し、翌日未明になってからだった。
   韓国の中央選管が発表した尹の最終的な得票数は1,639万票(48.56%)で、1,614万票(47.83%)のイ・ジェミョン(李在明、57歳)との得票差は1%にも満たない0.73%の24万7千票。この得票差は、無効票30万7千票より少なかった。ちなみに無効票には、候補者一本化で途中降板した人の数も含まれている。

 今回の大統領選挙について、まず一般的なことをいくつか。
①候補者:最終的に12人がそれぞれの「政党」から立候補し、無所属はいなかった。10人が男性、2人が女性だった。女性はいずれも進歩系(革新系)の正義党シム・サンジョン(沈相奵)と議席のない進歩党キム・ジェヨン(金在妍)。
 職業別では国会議員1人、商業が1人、その他3人の5人を除く7人が政治家。
②投票率:投票率は全国平均77.1%で、前回の大統領選2017年当時の77.2%よりわずかに少ない。コロナ状況でもあることから、事前投票が史上最多の36.93%となった。ちなみに投票率最高は光州広域市の81.5%(前回82%)、最低は済州道の72.6%(前回72.3%)だった。

1. 尹が勝ったというより、「与党」が負けた
 「あれほど熱かったキャンドルの炎はどこに?」多くの人が怪訝に思うだろう。2016年から2017年にかけて韓国では全国各地でキャンドル集会が開かれ、街頭を埋め尽くした人々は当時の保守、朴槿恵政権を倒した。熱烈な支持と期待で生まれた与党「共に民主党」文在寅政権は2018年4月と9月、相次いで南北首脳会談を開催し、2018年米国トランプ政権の米朝首脳会談も行われて、朝鮮半島や東アジアの平和も希望に満ちたものになった。格差を解消するため労働尊重社会を高らかに掲げ、公共部門における非正規の正規化、最低賃金の1万ウォンへの引き上げ、若者や女性の雇用創出など胸弾むスローガンが並んだ。
 期待が大きいほど落胆は大きい。落胆は失望となり、怒りを生む。
 「文在寅メーター」というのをご存じだろうか。これは韓国市民団体の参与連帯や情報公開センター、環境運動連合、毎日労働ニュース、言論改革市民連帯、貧困社会研究所、正義記憶連帯など28団体(3周年)が連帯して運営し、政権の公約をチェックするプロジェクトだ。ここでは文在寅政権が公約とした887の政策について、毎年その公約推進度をチェックしている。モデルは米国の「ポリティ・ファクトのトランプ・メーター」で①評価されない、②遅滞、③進行中、④変更、⑤完了、公約破棄などに分けてチェックするものだ。ここで2021年5月に発表された資料によると、「政権4年の公約完了は17%に過ぎない」ことが明らかになった。一方で遅滞が約20%、進行中が50%、破棄は2.82%だった。2020年の3年目評価では、公約完了は経済分野25%、地方分権・農漁村17%、統一・国防16%、労働13%だった反面、教育5%、ジェンダー平等5.7%、民生福祉6.5%などは平均にも満たないとしている。
   歴代政権の公約履行率でみると、2021年3月発表の市民団体「経済正義実践市民連合」は廬武鉉43%、李明博39.5%、朴槿恵42%とは比べ物にならないほどだと手厳しい。
 このようなもとで庶民の暮らしと直結する雇用、住居、少子高齢化問題は深刻だ。最低賃金1万ウォンの公約は守られず、非正規雇用で格差が拡がる中、コロナの追い打ちもあって雇用は大変な状況だ。不動産価格は政権発足4年で2倍に跳ね上がり、2020年出生率は「5年連続低下の1.34だと嘆く日本」よりもさらに低い0.84となった。
   開票結果が出た3月10日の朝7時25分、民主労総副委員長のキム・ウニョンさん(韓国サンケン労組)はサンケン電気本社前のオンライン発言で、「公約を守らない大統領は誰であれ、労働者、民衆の審判を受ける」と語った。

2. 結集した保守派、分散したリベラル勢力
   キャンドル直後の保守派は責任のなすり合いと内部分裂に明け暮れた。反共よりも「滅共」を叫び、朴正熙軍事政権をよりどころにして朴槿恵復権を望む勢力、いわゆる守旧派は結集軸を失っていた。すでに多くの人たちが「古臭い韓国保守」を嫌い、ゆすり・たかりまがいの政治風土に嫌気がさしていた。韓国の社会全体が「国の成り立ち」を掘り下げ、不正や腐敗を一層しようとする雰囲気で、文在寅政権は「積弊清算」を叫んでいた。このままでいくと「根絶やしにされる」という保守派の危機感は並々ならぬものだったろう。保守の一部若者に人気が「あった」韓国のビル・ゲイツとも呼ばれたアン・チョルス(安哲秀)も影が薄く、保守勢力は大統領候補になる人物探しをも含めて「新たな保守の道」を模索していた。そこで白羽の矢が立ったのが尹錫悦だった。
   検事総長の尹は朴槿恵を追い落とす直接的原因となった「崔順実ゲート」の特別捜査チーム長で、当時キャンドル市民から熱烈な支持を受けヒーローとなった人物だ。2019年に文在寅政権によって検事総長になったが、チョ・グク(曺国)前法相の起訴をきっかけに政権と対立し、2020年には法務省が尹の史上初の職務停止を命じ、裁判になったことから文政権との軋轢は後戻りできなくなった。尹は裁判所で言い分を認められて復帰し、2021年3月に検察を辞任、大統領選挙への出馬公開はその6月で、当時野党の「国民の力」に入党したのは2021年7月30日だった。
   1999年からずっと検察官だった尹は政治の経験はゼロで、候補者になった後も失言や暴言を繰り返し、テレビ討論では李に差をつけられもしたが、検事総長就任時の挨拶で「自由民主主義と市場経済秩序の本質を守らなければならない。自由市場経済と自由な企業活動が人類の繁栄と幸福を増進してきた」と、その信条を明らかにしている。最終的にアン・チョルスが巷の言説通りチョルス(哲秀=撤収)し、保守一本化が成功、保守勝利への道が開かれた。

3.社会的排外主義をあおり集票へ
   「嫌悪が勝った」と見出しをつけたのは『オーマイニュース』だ。尹は大統領選の中で労働組合を「略奪勢力」、市民団体は「権力を支える腐敗集団」だと決めつけ、移住労働者が「横取りしている」として外国人健康保険制度の要件強化を打ち出した。
中でも尹が標的にしたのは女性だった。民主化運動でも先頭に立って道を切り拓いてきた韓国女性運動の成果でもある「女性家族省」を廃止し、性犯罪が歪められているとして「性犯罪誣告罪」強化を打ち出した。
   女性の社会的進出と活躍、#Mee Too運動で象徴される女性たちによる運動、日本軍「慰安婦」問題と真正面から向き合ってきた正義連をはじめとする女性たちの闘い、これらを否定して、男性中心のインターネットサイトで支持を集めた。特に20代、10代の男性有権者は兵役問題もあって「男は不利」だとの考えもあって、雇用や結婚などで不安を抱える若者の「気分」を巧みにすくいとっていった。
   この大統領選では「イデナム(20代の男性)」や「イデニョ(20代女性)」という新語が生まれるほどホットな話題となった。選挙終盤では危機感をもった女性たちが李在明への投票に駆け込んだ。(表は3月9日、テレビ局3社による出口調査、オーマイニュースから作成。)

*表の上から順に20代以下男性、20代以下女性、30代男性、30代女性、40代男性、

          40代女性、50代男性、50代女性、60代男性、60代女性

   李在明                   尹錫悦

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4.リベラル・進歩の一本化は無理だったのか
 僅差0.73%をどう見るか。先に述べたように、12人の大統領候補は各政党から出馬したので、12の政党が候補者を出したことになる。中央選管の内訳をみると、保守系8政党、革新・進歩系が4政党だ。
   筆者が中央選管の内訳から作表し、集計した数は下記の通りだ(無効票0.05%)。本来、大統領選は個人名で選挙戦が行われるが、あえて政党別にまとめたものだ。

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   これを見て分かるように革新・進歩系が保守系をわずかではあるが上回っている。その差0.81%。韓国は真っ二つに断絶されていることが分かる。
   韓国内でも「正義党が譲れば47.83+2.37=50.2%となるので保守に勝てはずだ、なぜ一本化しなかったのか」と正義党に非難の書き込みも相次いだ。でも、ことはそれほど単純ではない。
   先の1で述べたように、「落胆から失望、失望から怒り」に変わったように、格差が拡がり、コロナで困窮する人々は、よりマシな政治を求めて政権交代に票を投じた。また、民主労総をはじめとする社会変革を闘う勢力も文在寅政権を見限り、背を向けた。決定的になったのは2021年9月の韓国最大のナショナルセンター、民主労総のヤン委員長を逮捕したことだった。就業前の明け方6時過ぎに警察官4,000人で事務所を取り囲み逮捕したのは怒りの炎に油をさしたようなものだった。サッカー場や野球場での観客が入っているのに、コロナ規制を口実とした集会禁止と逮捕は「弾圧」としかとらえられなかった。
   今年2022年1月11日、光州市の高層アパートマンション建設で34階から23階までの現場が崩落し、労働者8人が行方不明になるというショッキングなニュースは、日本でもテレビで放映された。全国建設労組によると、大統領選が始まった3月だけでも既に13人が労災で亡くなり、うち9人は建設現場の作業員だったとのことだ。労働界では労災の根絶を求めて法の強化を要求しているところだが、このような状況を差し置いて単純で形式的な「一本化」はあり得るだろうか。

5.断絶、分裂が続く韓国社会

今回の主な候補者3人の地域別得票率は下記の通り(黄:最多、緑:最少)。

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 上記の表で分かるように、地域別の偏差は現在もなお続いている。尹は一本化した安哲秀を「政権引継ぎ委員会」の委員長に指名し、次期政権に向けて動き出した。
 真っ先に行うとしているのが「官民合同委員会」の設置と大統領府の「改革」だ。要は公務員だけでなく、財閥など民間人の意見も積極的に取り入れて、国政運営に当たるとしている。尹は選挙戦の最中、企業家との懇談会で「(労災などを取り締まる)重大災害法で海外資本の韓国投資が困難になる、労災ばかりに気を取られていては経営者の意欲をそぐものになるので、施行令などで合理的に運営する」と述べている。このような姿勢は大きな反発を生むだろう。
 さらに外交安保分野においても「官民合同委員会」には外国人の登用もあるとしており、文在寅政権での南北共同宣言などが無効化されるとすれば、大きな抵抗もあるだろう。サードミサイル追加配備を述べている尹が実行すれば、中国からのしっぺ返しも予想されるし、現在の世界情勢のもとで尹の言っている「敵基地への先制攻撃」などは、もってのほかだ。日本の岸田政権もしかりだ。
 3月末には韓米合同軍事演習も予定されているという。この演習には嘉手納から、岩国から米軍の戦闘機が飛び立ち、韓国で「戦争の訓練」を行う。韓国のメディアによると、昨年11月から12月にかけて駐韓米軍の特殊戦司令部が「ネイビー室」を運営し、朝鮮半島の酷寒期訓練を行い、これを公開したと報じている。この「ネイビー室」はオサマ・ビンラディンの「斬首作戦」を行った部隊だ。米韓の特殊部隊は、朝鮮半島北部の奥に入り込む戦争訓練を繰り返しているのだ。私たちは東アジアにおける日米韓のきな臭い戦争協力に反対し、地域の平和に向けて尽力しなければならない。
 私たちは今後も韓国の労働者、民衆の側に立って、しっかり状況を見つめ、日韓民衆の連帯を強めていきたい。(2022年3月15日記)
 

 

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