12月18日夜、私たちや平和フォーラムなどでつくる東アジア市民連帯と韓国進歩連帯との間でZOOMによる意見交換会が開かれ、活発な論議が行われた。下記はその時の日本情勢についての日本側発題である。双方の発題は以下。
(1)朝鮮半島情勢と課題 アン・チジュン(韓国進歩連帯共同執行委員長)
(2)菅新政権と日本情勢 市民・民衆運動 渡辺健樹(日韓民衆連帯全国ネットワーク)
(3)バイデン政権の誕生と朝鮮半島平和プロセスの展望、そして課題
キム・ギョンミン(韓国YMCA全国連盟事務総長)
(4)2020年日本の教育状況 佐野通夫(朝鮮学校「無償化」排除に反対する連絡会)
(5)2021/2022米国の戦争・反人道的犯罪に対する国際民間法廷と「America No!国際平和行動」の提案
リュ・ギョンワン(コリア国際平和フォーラム[KIPF]共同代表)
*コーディネーター 藤本泰成(平和フォーラム共同代表)
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菅新政権と日本情勢 市民・民衆運動
渡辺健樹(日韓民衆連帯全国ネットワーク)
2020年9月、安倍晋三は7年8カ月にもわたる長期政権を捨てて突如辞任した。
安倍の突然の辞任は、モリ・カケ・桜(森友学園問題・加計学園問題・桜を見る会問題など安倍自ら関わった利益誘導の不正)をはじめとする数々のスキャンダルで、ウソと詭弁、公文書の隠蔽・改ざんを重ね、また公言していた2020年までの改憲にも行き詰まり、その挙げ句みずから持病を悪化させた結果である。
だが自民党内の各派閥は安倍に替わる次期総裁(=首相)選出に素早く動いた。多くの有力派閥は、もともと次期総裁の座を狙っていた岸田文雄、石破茂ではなく、安倍政権で官僚ににらみを利かせ「官邸主導政治」を取り仕切ってきた官房長官・菅義偉(すがよしひで)支持に殺到した。
こうして9月16日に誕生した菅新政権だが、菅首相は自民党総裁選の時から一貫して「安倍政治の継承」を旗印としてきた。
周知のように7年8か月に及んだ安倍政権は、歴代内閣が禁じてきた集団的自衛権に道を開く安保法制(戦争法)の強行採決、治安管理強化のための秘密保護法と共謀罪の強行成立など「戦争国家」に向けてひた走ってきた。さらに米軍兵器を爆買いし、日米軍事一体化を推し進め、沖縄の民意を無視して辺野古の米軍新基地建設を強行してきた。
この「戦争国家」に向けた動きは朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の「脅威」をことさら煽り立てることと一体で進められた。さらに朝鮮高校に対する「無償化」からの排除など、差別・排外主義を拡散させながら進められてきた。
また韓国大法院の元徴用工への判決で被告企業への賠償命令が出されるや、植民地主義への反省のかけらもなく「国際法違反」「65年請求権協定で解決済み」などと声高に叫び、対韓輸出規制などの報復すら繰り返してきた。
そして「自由で開かれたインド太平洋」戦略の名のもと日米同盟を基軸とした対中国包囲の動きも加速させている。
菅首相の「安倍政治の継承」とは、まさにこれらを継承することだ。
菅政権成立後3か月の主要な動向
9月16日に菅政権が成立して3か月。各国と同様にこの間新型コロナ対策が大きな争点の一つであるが、ここでは韓国の皆さんと共通の関心事である安保動向と対韓国・朝鮮政策について見ていきたい。
①「敵基地攻撃能力」保有への動き
これはこれまでの建前である「専守防衛」を超えて他国の領域内で武力行使を可能とする兵器を保有しようとする動きである。陸上配備迎撃弾道ミサイルシステム「イージスアショア(Aegis Ashore)」が配備断念に追い込まれたことでにわかに浮上させてきた。
この問題で、安倍晋三は辞任直前の9月11日にわざわざ最後の首相談話を出し、年内にその方針の取りまとめを求めた。しかし、連立を組む公明党が消極的態度のため年内取りまとめは先送りとなる公算が高いが、「敵基地攻撃能力」保有への動きは始まっており、防衛省では長距離巡航ミサイル、極超音速ミサイル開発の研究も進められている。またすでに安倍政権の時代から「いずも」型ヘリ空母を改修し、短距離離陸垂直着陸のステルス戦闘機F35Bを搭載する本格空母化も進行している。
ちなみに中止となったイージスアショアの代替としては、12月3日の国家安全保障会議(NSC)4大臣会合でイージス艦2隻にその機能を搭載して新建造することが決まっている。
②「自由で開かれたインド太平洋」戦略と日米豪印(クアッド[QUAD])形成への動き
10月26日、東京で第2回日米豪印外相会議が開かれた。ポンペオ米国務長官をはじめ4か国の外相が顔を揃え、「『自由で開かれたインド太平洋』を具体的に推進していくため、質の高いインフラ、海洋安全保障、テロ対策、サイバーセキュリティ…を始め様々な分野で実践的な協力を更に進めていくことで一致」した。また朝鮮・東シナ海・南シナ海などの地域情勢についても意見交換している。ポンペオは「4か国が連携し国民を共産主義の腐敗や搾取、威圧から守る重要性は増している」と対中国対抗の意図を明白にしている。
中国は「インド太平洋版の新たなNATO構築の企て」(王毅外相)と反発している。
日本政府としては、最大の貿易相手国である中国との関係も維持しながら、日米同盟を基軸として引き続きQUADと「自由で開かれたインド太平洋」戦略という矛盾した対応をとっていくことになる。
③日本学術会議の6人の任命拒否をめぐる問題
日本学術会議の次期会員として推薦された105人のうち6人を菅政権が除外したことが、現在大きな政治焦点の一つとなっている。
かつて科学者が国家に動員された歴史の反省から、国の一機関でありながら「高度の自主性が与えられ」た(日本学術会議法・前文)存在として様々な提言等の活動をしている。
会員は、学術会議が候補者を推薦、内閣総理大臣が任命する方式となっているが、中曽根政権時代の1983年に当の中曽根首相自身が国会で「首相の任命は形式的なものに過ぎない」ことを明言し不文律となってきた経緯がある。
菅首相はこれを破ったが、除外された6人が共謀罪反対や安保関連法に反対する学者の会、立憲デモクラシーの会などに関わってきたからであることは明らかだ。
この背景には、日本学術会議が、防衛省・自衛隊による軍需開発のため各大学の研究機関への資金提供などに強く反対してきたことなどへの政権側からの圧力であり、「軍学協同」へ誘導しようとする意図は明白だ。
④憲法改悪をめぐる動向
2020年までの改憲を公言していた安倍の狙いは、昨年の参議院議員選挙で改憲勢力が国会発議に必要な三分の二の議席を割ったため潰え去った。しかし、改憲への目論見は執拗に繰り返されている。
12月3日に開かれた衆議院憲法調査会で、改憲手続きを定めた国民投票法の改正案をめぐり実質審議が行われた。同改正案は2018年春の通常国会に提出されたものの、野党の抵抗もあり継続審議となってきたものだ。
最大野党の立憲民主党などは、CMの量的規制をはじめ抜本的な改正を主張しているが、自民党は年明けの通常国会での採択を主張している。
改憲手続法である国民投票法改正案が採択されれば、自民党は改憲の具体的中身の論議を仕掛けてくるだろう。すでに12月2日、衛藤征士郎・自民党憲法改正推進本部長は、「たとえ一部に躊躇する政党があったとしても、信念をもって憲法改正を提案し、意思を問う」と公言している。
⑤対韓国・対朝鮮の動向
菅政権の対韓国・対朝鮮政策は今のところ安倍政権の踏襲のままで変化は見られない。
菅首相と文在寅大統領との電話会談でも、植民地主義への反省もないまま、これまで通り「徴用工問題で日本側が受け入れられる解決策を韓国側が出してほしい」とし、ソウルで開催予定の日韓中サミットへの出席も拒み続けている。
この間、韓国から朴智元(パク・チウォン)国情院院長や韓日議連代表団が来日したが、ほとんど進展はなかったと思われる。
対朝鮮でも、10月26日の菅首相の施政方針演説では「拉致問題は、引き続き、政権の最重要課題」「条件を付けず金正恩委員長と直接向き合う」「拉致・核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指す」と述べているだけである。
バイデン米次期政権誕生による変数
現段階でバイデンの東アジア政策を論じるのは難しいが、いくつかの点を挙げたい。
トランプは朝米首脳会談をやり共同声明も出したが、米側は朝鮮への一方的な要求だけで何も変えてこなかった。また韓国に対しても駐韓米軍経費の大幅負担増の要求や韓米ワーキングチームにより南北合意の履行も妨害してきた。
バイデンは、朝米間ではオバマの「戦略的忍耐」への回帰はないとされ、トランプのようなトップダウン方式から、ボトムアップ方式に変わるといわれており、内容次第だが実務的な協議は行われるのではないか。この点では1月に予定される朝鮮労働党大会で打ち出される方針にも規定されるだろう。バイデンが「制裁」強化や韓米合同軍事演習をかつてのように繰り返すなら、再び緊張は高まらざるを得ない。
ただその際、トランプが朝米首脳会談を行い共同声明まで出した事実、朝鮮のICBM能力の向上、他方で米下院議員に「朝鮮戦争終結決議」賛成者を拡大する市民の努力もあり、これらをバイデンにとっても全く無視できるのかの変数もある。
私たちとしては2018年の朝米共同声明の遵守を基準とし、朝鮮戦争の終結を引き続き要求していく必要があると考えている。
このほかにも、トランプが脱退し中国が最近参加を表明し始めたTPP(環太平洋経済連携協定)や「インド太平洋戦略」へバイデン新政権がどう関わるかなど多方面の問題がある。
当面の日本市民・民衆の闘い
日本の市民・民衆は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」を軸としながら日本学術会議の任命拒否への抗議、「敵基地攻撃能力」保有反対、辺野古米軍新基地建設阻止、憲法改悪阻止、いのちと暮らしなどコロナ状況の困難の中で闘いを進めてきた。また朝鮮学校への「無償化」差別への反対、徴用工や日本軍「慰安婦」への謝罪と賠償を求める闘いも繰り広げられている。いま安倍のスキャンダルの1つである「桜を見る会」関連で地検特捜部が安倍事務所の聴取に着手しており、安倍の数々の疑惑追及も終わってない。
来年の10月21日には衆議院の任期満了を迎え、それまでの間に衆議院の総選挙が行われる。これに向けて今、大衆運動を基礎として野党とつなぐ組織としてつくられた「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)を媒介にして立憲民主党、社会民主党、日本共産党、れいわ新選組、沖縄の風、国民民主党などによる野党共闘と選挙協力に向けた努力も続けられている。
これにより衆議院においても改憲発議に必要な三分の二割れを実現し、菅政権打倒に向けて闘っていきたい。 (2020.12.6記)