韓国総選挙で示されたキャンドルの民意
日韓ネット・かもめ
与党の圧勝
2020年4月15日、韓国の国会議員選挙が実施され、与党、共に民主党の圧勝となった。
地方区と比例代表の合計300議席のうち、共に民主党が地方区と比例連携政党、共に市民党まで合わせると180(改選前123)を占め、単独過半数を獲得した。一方、保守系野党の未来統合党は103で、122議席あったセヌリ党時代から比べると大きく後退した。
過去の一覧 (下記の表は、聯合ニュースから筆者が再度まとめたもの)
https://www.yna.co.kr/view/GYH20200416001800044?section=graphic/index
特に、「政治一番街」と呼ばれ大統領候補を輩出する鍾路区では、与野党の首相経験者同士の一騎打ちということで注目が集まっていたが、共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)氏が未来統合党の黄教安(ファン・ギョアン)氏を破って勝利し、今回の選挙結果を象徴する結果となった。
韓国の新聞社各紙とも今日(4月16日)早速、社説などを掲載している。
保守系の『朝鮮日報』でさえ「文政権の失政がいくらひどくても、国民は未来統合党に入れなかった」としており、リベラル系の『ハンギョレ新聞』は「文在寅政権を後押しした民意が野党を審判した」としている。
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/36350.html
28年間で最高の投票率
新型コロナウィルスや選挙制度の改正に伴う比例代表選出など問題が様々ある中で、投票率は全国66.2%(前回選挙は58%)、この28年間で最高の投票率となった。中央選挙管理委員会の速報によると、最も高かったのは現代自動車などがある工業地帯の蔚山68.6%で、移転した政府庁舎が集中する新首都の世宗市68.5%、続いてソウル68.1%となっており、最低の忠清南道でも62.4%だった。
事前投票率が26.74%で、これも朴槿恵前大統領の弾劾、罷免など関心が高かった2017年の大統領選挙時の事前投票率26.1%を超えている。当初、これは新型コロナ問題で選挙当日の人混みを避けるためなので当日の投票率は低くなると見られていたが、予想に反して多くの人が投票に出かけ、ここでも選挙によって民意を示そうとする高い意識がみてとれた。
選挙結果
再度、今回の選挙による獲得議席数を見ると、下記のようになっている。
上記の表を見ると、二つのことが分かる。
一つは、保守の未来統合党の獲得議席数は103だが、地域の選挙区では100議席にも届かなかったこと、もう一つは、表に連携政党/衛星政党と示してあるように、比例では別の政党名になっていることだ。
保守の惨敗
保守、未来統合党は今回の選挙で大打撃を受けた。議席を減らしたこともさることながら、次期大統領候補と目された人たちが次々に落選してしまい、将来が見通せなくなっている。
前述のイ・ナギョン(李洛淵)に敗れたファン・ギョアン(黄教安)は、公安検事出身で朴槿恵政権下では法務部長官(法務大臣)や首相を務め、朴大統領の弾劾可決後には大統領代行だった「大物政治家」、保守系の次期大統領候補レースではトップに立っていた。
また、オ・セフン(呉世勲)も給食無償化問題でソウル市長を辞任したものの、国会議員経験者でもあり、59歳の年齢から次期大統領候補と言われていた人物だ(オの後任ソウル市長は朴元淳)。オ・セフンも今回の選挙は、共に民主党から40歳で初めて選挙に出た女性アナウンサー出身コ・ミンジョンに敗北した。
日本の保守政治家たちが最もガッカリしたのはナ・ギョンウォン(羅卿瑗)の落選だろう。前身の自由韓国党時代に院内代表や代表代行まで務め、親日議員としても有名な彼女は日本の保守層に人気で、インターネットの書き込みでも「美し過ぎる韓国議員」とか、「ナ・ギョンウォンかわいい」などとされている。彼女も自分のインスタグラムで、米国の鷹派ボルトンや安倍首相とのツーショットを公開している。
保守系の未来統合党は、ソウル49選挙区では8年前セヌリ党時代の16議席を4年前には12、今回の選挙では8議席となり、8年前の半分になった。今回の選挙では院内代表のシム・ジェチョル(沈在哲)も落選した。「最高委員で生き残ったのは1人だけ」と指摘した『ハンギョレ新聞』は、「保守にはもう居場所がない」、「粉々に砕けて指導部も壊滅」と書いた。このような状況に保守系のマスコミ『東亜日報』も4月17日の社説で保守の「壊滅的な惨敗」と書き、紙面でも「指導部が空白」としており、『朝鮮日報』も「まだ保守が多数だと錯覚し中道層を失った」と手厳しい。
そもそも、保守系の野党・未来統合党は今年、2020年2月17日にスタートした政党だ。
2011年発足のハンナラ党が朴槿恵政権を誕生させ、2012年総選挙勝利のためセヌリ党に改めたが、朴大統領の弾劾・退陣の過程で、非朴と呼ばれる反主流派の相次ぐ離党とその勢力による新党結成などが続き、2020年1月に保守系は「自由韓国党」と「新しい保守党」、「未来を目指す前進」などに分裂したままだった。国会議員選挙を目前に、危機感をもった保守諸党が合流して誕生したのが未来統合党だ。獄中の朴槿恵も「一致団結」を訴えたが、その手紙を発表した人物も候補者から外されるなど、候補選出の過程でもゴタゴタが絶えなかった。
さらに、未来統合党の候補者がセウォル号の遺族を卑下する発言をしたり、進歩陣営を下品な言葉で攻撃したりするなどの行為が続出し、彼らを審判すべきだという声が高まった。実際に「暴言、妄言候補者」は落選している。
衛星政党
今回の選挙は、選挙制度の改革後に初めて行われた選挙だが、いわゆる「衛星政党」と呼ばれる問題を引き起こした。
韓国では2019年12月に、それまでの選挙区選挙と比例代表選出に加え、「連動型比例代表制」導入の法案が国会で可決された。これは国会の300議席のうち、選挙区で253議席を選出し、残りの議席を比例47とするものの、そのうち30を準連動型とするというものだ。韓国でも日本と同じように小選挙制度で多くの票が死票となる中、少数政党にも有利になるようにとの要求から実現したものだが、一方で今回の「連動型」では限界があるとの指摘もあった。
連動型比例に反対し続けていた保守系の自由韓国党は、2020年1月2日に「比例自由韓国党」を立ち上げた。しかし、1月13日に選挙管理委員会が「比例〇〇党」の名称は使えないと結論付けたので、2月5日に比例用の「未来韓国党」を立ち上げ、2月17日には前述のように選挙区用の合併政党「未来統合党」が発足している。
このような動きに焦りをおぼえた与党・共に民主党も市民運動を巻き込んだ選挙連合政党を目指し、3月8日にプラットフォーム型政党「市民のために」を立ち上げ、3月18日には「共に市民党」の名称で本格的に動き始めた。当初、未来韓国党の議席獲得阻止のため、民主化運動の著名人などによる「政治改革連合」が他の少数野党、即ち正義党、民衆党、緑色党、未来党などとの候補者一本化などを目指そうとしたが、「共に市民党」側の動きが「時間切れ」を理由に見切り発車で選管に届け出て、この動きは消えてしまった。
「共に市民党」には弱小政党の「行こう平和党」や「基本所得党」、「時代転換」、「行こう平和人権党」など4党が加わり、呼びかけに応じて後に緑色党、未来党、民衆党まで連合政党に加わる動きをみせた。ちなみに緑色党は韓国版緑の党、未来党は平和主義による兵役拒否で逮捕されたオ・テヤンが中心の政党、民衆党は民主労働党系の進歩政党だ。だが、党内や支持者から大きな反発が出て、その後に緑色党、未来党は正義党と共同対応を発表したが、民衆党は独自路線を貫くことになった。
ところが、このような動きは当初の選挙制度改革の意図に反し、少数政党の足を縛るものだとして反論が相次いだ。『ハンギョレ新聞』は「巨大衛星政党で少数政党の居場所が狭まる」と指摘、専門家からも疑問の声が上がった。全北大学法学大学院のソン・ギチュン教授は『法律ジャーナル』のコラムで、「比例政党?衛星政党?偽装政党?傀儡政党?」としながら、そもそも「違憲政党」だと規定している。
経済正義実践市民連合(経実連)は4月17日午前に大法院前で「公職選挙法に違反している衛星政党の共に市民党、未来韓国党が参加した国会議員選挙は無効」だと記者会見を行い、会員約80人による選挙無効の集団訴訟を起こした。
今回の選挙が少数政党に有利だとして「駆け込み結党」も相次ぎ、4月15日現在の中央選管に登録した政党は共に民主党や共に市民党、未来統合党や未来韓国党も含め48にのぼった。中には政党名が酷似してまぎらわしいものもある。保守系では「共和党」と「ウリ共和党」、「大韓党」と「大韓民国党」、「親朴新党」と「親朴連帯」、「自由党」と「自由の暁党」、「未来統合党」と「未来韓国党」、「未来党」もあり、「未来民主党」までくると、何が何だか分からない。保守の主張も北進統一や韓国の核兵器保有などの極右的なものから、朴槿恵釈放を要求するものと幅広い。
選管によると48の政党の中で比例政党は35となり、選挙用紙は48.1cmの縦長で最長となった。ちなみに韓国では、選挙用紙に候補者名や政党名を記入する日本とは異なり、あらかじめ候補者名や政党名が印刷された用紙にチェックを入れるやり方だ。
比例で得票率3%未満の政党は議席を獲得できないが、議席を獲得したのは下記の5政党だ。( )内は改選前議席、数字は中央選管による。
その他、得票率1%以上の政党は、基督自由統一党1.83%、民衆党1.05%で、他の政党は1%にも満たない。正義党と共同対応した緑色党は0.21%、未来党は0.25%だった。
韓国最大のナショナルセンター民主労総は労働党、緑色党、民衆党、社会変革労働者党、正義党の5つの政党を進歩政党とし、「民主労総支持政党」としたが、緑色党が共に市民党に合流する動きを見せたため、支持政党から外す動きもあった。労働党の得票率は0.12%で、社会変革労働党は選管に登録しなかったため得票率もない。
コロナ対策
今回の与党の勝利は迅速な新型コロナ対策の結果だという声が多く、ウォーキングスルーやドライブスルーを通じた迅速な検査の拡充など、韓国のコロナ対策については日本でも既に多くのレポートがあるので、ここで詳細は割愛する。
ただ筆者が指摘したいのは、これらが2015年のマーズ(MERS:中東呼吸器症候群)などの教訓を生かしたということだ。保健福祉省傘下の疾病管理本部がまとめた『2018年マーズ、中央防疫対策本部白書』は217ページに及ぶものだが、これによると2015年に韓国ではマーズ/MERS186症例が報告され、死亡者も38人発生した(別の資料では隔離対象となった接触者は16,693人にのぼったという)。先の報告書によると、2016年から新種感染症の「流入遮断と初期対応」のため、感染症を24時間監視する官民合同チームを結成、陰圧病床も増やし、接触者隔離施設を確保、検査体系の改善やインフラの拡充をはかった。さらに医療機関での環境改善をはかり、検査、感染疑いの人の選別、隔離、集中治療室の立入り統制の強化などを行っていた。
2018年の疾病管理本部のマーズ対策班報告書『2018年韓国内マーズ患者の監視と対応の結果』によると、その後も監視体系を整備しつづけた。報告書によると、毎月の届出から合算した2018年の届出2,225人のうち、378人が感染の疑いとして分類され、感染者1人を割り出している。
このような対応は2014年のセウォル号事件を契機に韓国内で一気に高まった「人々の生命と安全」を国がどのように責任をもつか、という意識が背景にあったものだ。
ちなみに、日本の海外法人医療基金によると、2003年の日本のサーズ/SARS感染者は2人で、死亡者はゼロ、2014年のマーズ/MERS患者は、国立感染症研究所によると日本での発生は無しとなっている。日韓双方で、新型コロナ感染症の発生当時の危機感が大きく異なっていたことが伺えよう。
現在、中央防疫対策本部のホームページによると、全国638の保健所と医療機関で「選別診療所」を運営、そのうち606か所でPCR検査を行っている。診断キットを迅速に普及するための「緊急使用承認制度」を導入、累積検査数は554,834件で、検査完了数は541,284件となっており、情報は常に公開されている。
http://ncov.mohw.go.kr/
いずれにせよ緊急事態宣言も、都市のロックダウンもなしに4月18日現在の感染者合計は10,653人で死亡者は232人発生したが、隔離が解除された人は7,937人で、1日の新たな感染者は「全国で18人」に減少した。しかし、韓国政府は感染経路の未確認患者が発生しつづけていることから、油断は禁物とクギを刺している。
全国規模の選挙が本当に行えるのか憂慮の声もあったが、選挙管理委員会では写真や動画などを公開し、事前投票と投票当日の社会的距離、消毒や検温、手袋着用などの手順について細かく説明、無症状の感染者は時間をずらして投票するようにした。
3月24日に文在寅大統領とトランプ大統領との電話会談の際、韓国メーカー2社が開発したコロナ診断キット輸出の要請があり、4月11日に60万回分のキットが輸出された。CNNは13日、「米国が韓国で75万回の診断キットの輸入契約を交わし、既に15万回分が出荷された」と報道したが、このような実績と韓国政府のコロナ対策は有権者に自信をもたせたに違いない。
選挙直前の4月13日から14日にかけて行われた韓国ギャラップ世論調査結果(4月17日発表)で、文在寅大統領の支持率は60%近くに上がっている。肯定評価の理由のトップとして新型コロナへの適切な対処を上げており、年齢層も20代54%、30代75%、40代66%、50代65%が肯定で、60代以上は肯定が45%となっている。
民意はどのように生まれたか
これまで述べたように今回の総選挙で有権者は保守を審判し、文在寅政権への支持を表明した。ただ、押さえておくべきは、このような動きが「自動的に」生まれた訳ではなく、運動の力で作られたということだ。
2020年3月12日、様々な市民団体の参加のもとで「総選挙市民ネットワーク」が発足した。このネットワークは参与連帯や経済正義実践市民連合(経実連)、財閥改革と経済民主化実現ネットワークなどの市民運動の他、韓国女性団体連合や女性民友会、ジェンダー政治研究所などの女性団体、環境会議や環境運動連合などの環境団体、民主労総や青年ユニオンなどの労働団体、韓国YMCA連盟などの宗教団体など1,545の団体で構成されている。
各団体はそれぞれ候補者にアンケートをしたり、これまでの実績を分析したりして、候補者をチェックする活動を行った。女性団体が指摘したのは、女性候補の数。それによると共に民主党12.65%、未来統合党10.975、正義党20.76%、民政党6.90%、民衆党46.67%だ。セウォル号の遺族や支援者で作る「4.16連帯」は、セウォル号沈没の原因を作った人物、乗客の救助に責任のある人物、真実を歪曲し被害者を冒とくする発言をした人物など5つの項目で採点し、落選させるべき17人の名簿を公表した。
また、経実連では「政党選択ツール」を公開した。これは20項目の設問があって、財閥や大企業の金融会社の所有を許容すべきとか、私立大の入学金も国公立のレベルにすべき、保育や高齢者施設の増設、北への制裁は緩和すべき、韓米同盟に偏よった外交政策は改めるべきなどの内容がある。設問の答を自己採点すると、「あなたの答えは〇〇党の公約に近いです」と出てくる仕組みで、比例政党に迷う有権者に投票を促すようになっている。
さらに国会で「悪い法案」140の法案を洗い出し、それを発議した議員77人を公開した。
総選挙市民ネットワークでは4月9日、「悪い候補者178人」を発表、そのうち様々な団体で分析し5つの分野で1位の「悪い候補者」、前述のナ・ギョンウォンを含む3人を発表、4つの分野の悪い候補者16人を発表した。この結果は公表されていないが、筆者が選管の結果を調べた結果、16人のうち9人(56%)が落選していた。
「親日清算」の活動
一方、「安倍糾弾市民行動」は3月17日に「親日清算4大立法と強制動員賠償判決」などについて684人の出馬予定者にアンケートを送付し、4月9日に結果を発表した。それによると、アンケートの応答率は民衆党61.6%、正義党39.47%、共に民主党が25.3%となっている。
さらに市民行動では、「親日政治家の集中落選運動」を繰り広げるとして、ナ・ギョンウォン、ファン・ギョアンなどの8人の名簿を公表した。無所属1人以外の7人は未来統合党の候補者だった。選挙結果は8人のうち、5人(62.5%)が落選した。
言うまでもないが、ここでの「親日政治家」とは「日本と親しい政治家」という意味ではなく、韓国の歴史をどう見るかという根本問題が含まれている。
4月11日、文在寅大統領は来年オープン予定の「韓国臨時政府記念館」記念式典に出席し、「これからの韓国の歴史は親日ではなく、独立運動が主流になる」と述べたが、このような発言も保守勢力の日韓ゆ着を正す投票力学が働いたと思われる。
今後の課題
与党・共に民主党指導部は今回の大勝利に「恐ろしさを覚える」としつつ、「重大な責任を感じる」として、結果を謙虚に受け止めるとしている。
課題としては何と言っても第一に、韓国政府は当面、現在行っているコロナ対策をより徹底し、新型コロナを封じ込め、打ち勝っていかねばならないことだろう。
コロナ感染症により人々の健康と命が脅かされており、経済的打撃も大きい。韓国政府はコロナ対策に力を入れる一方、緊急災害支援金の支給などを決めているが、人々の経済的損失も少なくない。
民主労総は4月16日の中央執行委員会で、全組織を緊急体系に転換し、中執を「解雇禁止、雇用の保障、社会安全網の拡大のための緊急闘争本部」としてスピード感をもって対処する一方、他の社会市民団体に呼びかけるとしている。また、政労使による緊急協議を行うこと、社会的弱者保護のために組合員カンパを呼び掛けている。
ちなみに民主労総は、今回の選挙で民主労総組織内候補を発表、選挙区36人、比例8人、支持候補65人の合計109人を推薦した。筆者が調べた結果、当選者は正義党比例の2人で公共運輸労組出身だ。
韓国労総も4月13日に「コロナ19雇用危機申告センター」を発足させ、相談業務を強化するとしている。韓国労総は今回の選挙で、与党・共に民主党と政策協定を締結し、共同歩調をとってきたが、16日の発表によると、「労働尊重実践の国会議員」とした共に民主党66人のうち51人が当選、そのうち5人が組織内候補だったとのことだ。しかし、韓国労総の副委員長経験者など3人は未来統合党から出馬し当選している。
このようなことを受けて、4月19日の聯合ニュースによると、韓国政府も早急に「コロナ雇用安定政策パッケージ」を発表するという。その内容には中小企業への休業手当の割合を90%まで引き上げることや、雇用保険に入れないでいるフリーランサーや請負型労働者などへの支援強化にのりだすという。最近、国民皆保険制度のように雇用保険を全国民的なものにすべきだという声が出ていることを考えると、今後ターニングポイントになるか注目されるところだ。
インターネット・メディア『民プラス』は、「韓国でコロナ危機を解決する力は、個人利己主義や民族排他性、集団嫌悪ではなく、共同体的協同と団結、連帯にあることを世に示した。これがヨーロッパやアメリカで失敗したのに対し、韓国が成功した理由だ」としつつ、「近づく経済危機をむしろ政治経済のパラダイムを再構成する契機にすべき」としている。
第二の課題は、守旧派の抵抗に立ち向かいキャンドル革命の求めた改革を進められるかだ。
韓国はキャンドル革命で朴槿恵政権を倒し、2017年に民主改革的な文在寅大統領を選出したものの、国会に残った多数の保守勢力により、キャンドルが求めた社会的改革は成し遂げられなかった。
経済正義実践市民連合が4月16日に行った「選挙評価座談会」で、参加したオーマイニュース記者は「与党が勝ったので、むしろ改革措置を何も行わないだろう」とし、経実連のソウル大教授のパク政策委員長も同意した。反面、トクソン女子大政治外交教授のチョ政治改革委員長は「今までは国会で野党に足を引っ張られていたが、もうその口実は通じなくなった」としながら、今後は力強い改革に進むのではないか」と発言、市民社会が強い圧力を行使すべきだとしている。
保守派は今回の選挙で打撃を受けたが、今後も文政権に様々な形で抵抗するだろう。小選挙区で勝利したとはいえ、政党別得票率をみると、先の表のように未来33.84%、民主33.35%となっていて、与党系の開かれた民主党や革新系の正義党などを含めてようやく48%だ。
保守系の未来統合党内部では選挙の敗因をめぐって、既に責任転嫁の内輪もめが始まっており、なかなか体制を立て直せないでいる。しかし、検察や高級官僚、軍部、マスコミなどの韓国保守の根は深く、最近続いている「太極旗デモ」と陰に陽に連携しながら、文政権の改革を必死で阻止していくだろう。
前述の『民プラス』のいう「汎民主進歩勢力」による「民主多数派国会」が今後、どのように改革法案などを可決させ、韓国社会を変えて行けるのかは最も大きな課題となる。
第三に、朝鮮半島の平和と南北統一への動きの加速化だ。間もなく4月27日、南北首脳会談・板門店宣言2周年記念になるが、コロナ状況のもとで文在寅政権がどのように迎えるか注目したい。
日本のマスコミなどでは朝鮮の元英国公使テ・ヨンホ(太永浩)がテ・クミンという名で、未来統合党からソウルで出馬、「初の脱北者が当選」したと大きく取り上げている。筆者が4月15日にインターネットで開票速報を見ていると、韓国MBCニュースの解説では「テが当選したのは、江南という選挙区に未来統合党で出たから」だとしつつ、「江南で保守系が出れば、誰でも当選する。最も脱北者問題に無関心なのが江南の人たち」だと述べていた。『ナムウィキ』によると、テは遊説先で「社会主義経済の虚構性を嫌と言うほど知っているのが自分で、自由市場経済主義こそ素晴らしい」としつつ、文政権の不動産政策を批判、選挙区・江南に住む富裕層の利益を守ると力説して回ったという。
ちなみにメディアの『韓国経済』では、「北から逃げて来たテ」が資産18億6千万ウォンを所有し、2人の子どもそれぞれ1億4千万ウォンも持っていることから批判が高まっていると報じている。
第四に、外交の課題だ。今回の勝利で、文在寅政権は自信をもって、既存の政策を進めるだろう。米国トランプ大統領が今年初め、韓国側に在韓米軍の費用負担を5倍に増加させろと圧力をかけ、韓国では反発の声が出て「米軍はいっそのこと、出て行け」というスローガンが飛び出した。この国防費負担金増額をめぐる韓米交渉がずっと行われていたが、3月末から4月初めにかけて11回目の交渉が行われた。一時マスコミでは1.5倍増で日韓両政府が妥結したと報じたが、翌日大統領府はこれを否定したので、交渉は続く模様だ。また、米軍が基地で働く韓国人労働者に対し、4月1日から無給休職を言い渡して大きな問題となっており、「公平な米韓関係」を求める民意はさらに高まるだろう。
日本との問題は先に書いた「親日政治の弊害清算」運動の中で勝利した文政権なので、当面はこれまでの方針のまま進むだろう。今回の選挙では30年間、日本軍「慰安婦」問題で市民運動の現場にいた韓国挺身隊問題対策協議会のユン・ミヒャン(尹美香)代表が、共に民主党比例で立候補、当選を果たした。共に民主党の「ふらつく立場」をしっかり牽制するに違いない。
ただ、今後は日米保守勢力による文政権へ圧力も加重されると思われるので、これらにどう立ち向かえるかも課題となるだろう。
第五の課題は、「進歩勢力」の動向だ。
今回、議席を獲得した正義党も当初予想していた二けたに及ばなかった。正義党のシム・サムジョン代表は選挙区で当選、進歩系議員としては四選を果たしたが、党の躍進につなげられなかったとして落涙、メディアに大きく取り上げられた。正義党が選管に届け出た候補者数は選挙区75人、比例29人で、当選は両方で6人、得票数は9.67%だった。
民衆党は選挙区59人、比例8人の候補者を立てて、当選ゼロ、得票数は1.05%だった。
これらをどのように評価するかは筆者の権限ではないが、文政権の改革を後押しするためにも、また労働者、市民中心の政策を推し進め、東アジアの平和を構築するためにも、今後の省察と足場固めが必要だろう。
コロナ事態の中で初の「全国選挙」、初の18歳の投票、1996年以降最高の投票率、憲政史上初めて女性議員最多の57人19%、民主化以後に初めて180議席以上の巨大な与党の登場ということで「初」の多い(『ニューシス』)選挙だったが、日本からも韓国の改革の行方に注目しよう。
最後に、4月12日に平壌で、国会にあたる最高人民会議が開催されたことを指摘したい。
その前日に行われた労働党政治局会議では「世界的大流行の伝染病に対処し、人民の生命安全を保護するための徹底的な対策」が採択され、翌日に国会が開催されたものだ。今年中国でコロナ感染が発生すると、直ちに1月に中国との国境を封鎖、続いて南北の接境も閉鎖し、緊張感あふれる対策をとってきた北の当局だが、南の『統一ニュース』4月14日の記事では、「マンスデ議事堂の写真を見ると、議員がマスクもしておらず、普通に座っている様子を見て、コロナを統制している自信の表れがみてとれ、感染者がいないことをアピールしているもの」としている。
今年3月に平壌を訪問した日本の『朝鮮新報』記者は、海外から来訪したことで平壌のホテルで徹底的に隔離された経験をHPで述べていて大変興味深かった。
(以上、2020年4月19日記)